09.07
Thu
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昨夜から朝にかけて再び激しい雨となりました。
午後、佐久を訪れた時の空。怪しい黒雲が空を覆っています。

鎌倉時代に一遍上人が始めた(広めた)とされる念仏踊りのことを調べていて、
国の無形重要文化財「跡部の踊り念仏」に行き当たりました。


『鎌倉時代の弘安2年(1279)に時宗の開祖「一遍上人」が佐久郡伴野庄(ともののしょう)(佐久市野沢)を
訪れた際に、小田切の里(佐久市臼田)で初めて行ったといわれる「踊念仏」のうち、
跡部踊り念仏保存会の手により現在佐久市内で受け継がれている唯一のもの』

『踊り念仏は西方寺本堂内の「道場」で行われ、
8人の女性の踊り手と2人の男性の太鼓方が一組となり、
「南無阿弥陀仏」と唱えた後に、太鼓リズムに併せながら鉦を打ち鳴らしながら、
だんだんと激しくなる踊躍歓喜の舞を踊り恍惚無我の境地に入ります。』

開催月日 例年4月の第1日曜日
開催場所 西方寺(佐久市跡部)


佐久市HPより

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佐久市といえばすぐお隣です。
早速、西方寺へやって来ました。

稲の穂の広がる田んぼの向こうにケヤキの大木と山門が見えます。

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山門をくぐります・・・

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入口を入ると時代を経た庚申塔が並んでいます。

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六地蔵の石塔。

一遍上人が訪れたという雰囲気が漂います・・・

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しかし境内はひっそりと静かで、念仏踊りが行われているらしき
気配が感じられません。

胡桃の大木がたわわに実をつけています。

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裏手に回ると家庭菜園があって、その向こうは墓地です。

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ベンケイソウが綺麗な花を咲かせています・・・

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何も見当たらないので横手から道路へ出ました。
物置の前にあったのが、「跡部踊り念仏 例会会場」の立て看板。
これだけが、確かに踊り念仏の行われているらしき証でした。

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裏手の墓地です。

遥かな時代を感じさせる石碑多数。
もう文字も何も読み取ることができません。

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時代を読み取ろうとしている父ちゃんをよそに
早く散歩に行こうよぉ〜っと言っているめいちゃんです。

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たくさんの墓標・・・

まさか一遍上人の頃から残るものはないでしょう・・・と、
鎌倉時代にも墓石があったのかウィキペディアで見てみると、

「鎌倉時代~室町時代にかけて、禅宗の到来とともに位牌と戒名が中国から伝わる。
その影響からか、位牌型の板碑や今日の墓石に近い角柱型のものもつくられるようになった。」


とのこと。

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この辺りに散らばっている石塔は、鎌倉時代の頃のものかもしれません。

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墓地の向こうにも田んぼが広がっています。
晴れていれば、向こうに浅間山が見えるはずです。

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一遍上人の時代を想像しながら周辺を散歩しました。
泥池で作業するおじいさんあり。

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すぐ近くには千曲川が流れています・・・

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めいちゃんは、なぜか千曲川散歩拒否。

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ふと見上げると虹です。

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八ヶ岳方向には相変わらず巨大な黒雲が渦を巻くように広がっています。

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まるでスーパーセルのようにも見えますが・・・・・
プレアデス?何か浄化作業をしてくれてるのでは?とふと思いました。



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