12.31
Tue
19-12-31- - 1

いよいよ大晦日です。
2019年も暮れようとしています。

今年一年間、ブログをお読みいただきましてありがとうございました。
また多くのコメント、温かい励ましをたくさんいただきまして、
本当にありがとうございました。
心より感謝申し上げます。

来たる2020年が皆様にとりまして
栄光に満ちた素晴らしい年となりますよう
お祈り申し上げます。

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簡単掃除など済ませて、年越しそばを食べに出かけました。

昨日の雨雲(雪雲)が山から去って、
なぜか低く平地へと下がっています。

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お山の上は、青空なのに、標高が低くなるほど雲が多くなって・・・

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地面の近くまで靄がかかっています。

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やって来たのは、国道20号線沿いの
「奥藤分店」です。

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11時開店ということでしたので11時ちょうどに入ったのですが
すでにほぼ満席。最後の空席に滑り込みました。

みるみる行列ができていきます〜〜

コシがあって香り高い美味しいお蕎麦です。
ここの鳥もつ煮は絶品なので、
ほとんどのお客さんが天ぷらそばではなく、
もりそばと鳥もつ煮を注文していました。

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美味しい年越しそばをいただいた後やって来たのは、
山梨市にある万力公園、万葉の森です。

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信玄堤と同じように、山梨県三大水難地のこの場所に
武田信虎(信玄の父)が堤防を築き、
信玄が赤松などたくさんの木を植えたのが森の始まりです。

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クヌギ林にさんさんと陽が降り注いでいます。

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足元に降り積もった落ち葉の下には、クヌギどんぐりがいっぱいです。

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万葉集に歌われたツルハミ(クヌギ)

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この「笛吹権三郎の伝説」がわからないので調べてみました。
以下、山梨市のHPより転載しました。

『むかし、ここ芹沢の里にたいへん親孝行の権三郎という少年が母親と住んでいました。

京より父を捜しにこの地まで来ましたが、すでに父は亡く、村人とともに暮らしていました。

人々は笛の上手なこの少年を「笛吹権三郎」と呼んでいました。
ある年の7月、大洪水に遭い、母子とも濁流にのみ込まれてしまい、
幸い権三郎は自力で岸に上がり難を逃れましたが、母は流されて行方不明となってしまいました。

母の好きだった篠笛を吹きながら、川を上り下りして捜しましたが見つからず、
いつしか権三郎も疲れ果て川に落ち、下流の小松村まで流され、近くの長慶寺に手厚く葬られました。

その後、川の音が権三郎の吹く笛の音のように聞こえることから、
誰とはなしに笛吹川というようになりました。

ここより上流を子酉川、下流を笛吹川と呼んでおります。
今でもこの地域の人は、権三郎がつけていた不動明王を笛吹不動尊として供養を続けています。』

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樹齢300〜400年の大木もたくさんあります。

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ケヤキ

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クヌギ

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まだ靄が残っている森・・・幻想的です。

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森の中に、小さな渓流もあり、吊り橋がかかっています〜

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水難にあったのか、大きくねじれている大木です。

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渓流沿いの明るい散歩道。

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雪ちゃんも気持ちよさそうにご機嫌散歩です。

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堤防の上に出ました。

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高台の上に神社が見えます。

差出磯大嶽山神社(さしでのいそだいたけさんじんじゃ)

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森の一番の端の千鳥湖を一周して戻ります。

アオサギがじっと動かずに止まっています。

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とんがっているのは甲武信岳?

万葉の森を1時間ほど散歩してから、
堤防上の芝生公園で20分ほどバドミントンを楽しみました。

2019年の大晦日。
穏やかに過ごせたことに心から感謝です。
ありがとうございました。



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